浅間山HDライブカメラ(動画ハイビジョン、1440×720、標高2568m)

東御市北御牧地区に設置した浅間山HDライブカメラです。ライブカメラ設置はじゃがバタおやきが名物の芸術むら公園憩いの家明神館にご協力いただいています。浅間山噴火警戒レベル(気象庁)
平成16年(2004年)の浅間山噴火  撮影:岩下益夫様(東御市)
2004年の浅間山噴火
平成16年(2004年)秋の浅間山中規模噴火です。21年ぶりの爆発、降灰による農作物被害もでました。
昭和48年2月の浅間山噴火  出典:小諸市教育委員会所蔵
昭和48年2月の浅間山噴火
昭和48年2月の浅間山噴火です。噴火年表によると、2月1日は空振(噴火の衝撃波)により山麓のガラス戸が破損するなどの被害がでました。2月1日から5月24日の間に中程度の噴火が起こり、小規模な火砕流も3回発生しました。子供の頃、地響きとともに大噴煙を上げる浅間山を観た思い出がある方も多いのではないでしょうか。
浅間山噴火年表  出典:小諸市教育委員会所蔵
年代 西暦 新暦(旧暦) 主な状況
天武
14年
685 3月 信濃国 灰降り草木皆枯れる。(浅間山と特定できない)最初の記録。 『日本書紀』
天仁
元年
1108 7月〜9月 初めて麻間峰という記述が現れる。『中右記』
大焼 砂石灰降り田畑埋没。 『日本災害記』
弘安
4年
1281 7月9日
(6月9日)
小諸より南、四里ほど灰降る。 『浅間大変記』
応永
34年
1427 7月7日
(6月4日)
富士山と浅間山へ虹の如く火の橋吹く。(噴煙のことか?) 『信濃浅間嶽記』
享禄
4年
1532 1月9日
(11月27日)
大石、小石 麓ニ里に雨の如く降る。七尋石出現。 『信濃風土記』
慶長
元年
1596 5月1日〜8月1日
(4月〜7月)
山鳴大焼し、大石落下。人死数知れず。 『信濃浅間変記』
宝永
元年
1704 2月〜4月
(1月〜3月)
牧野周防守(すおうのかみ)康重(小諸藩主)が所領塩野村まで焼石降る。 『天享東鑑』、他
享保
3年
1718 9月23日
(9月3日)
前掛山より火玉南へ飛び鳴動とどろく。 『信濃浅間嶽記』
宝暦
4年
1754 8月7日
(6月19日)
大炎上、灰降る。この年は別して焼け無間谷に竈新たに生ず。 『信濃浅間嶽記』
宝暦
5年
1755 7月5日〜8月8日
(5月26日〜7月1日)
七月朔日(一日)、浅間焼崩れ佐久群大被害。新山、前掛山より高くなる。 『浅間大変記』
天明
3年
1783 8月4日〜6日
(7月6日〜8日)
鎌原村埋没、鬼押し出し出現、死者1,151人。(小諸市誌による) 『浅間変異記』、他
享和
3年
1803 11月7日・20日
(9月23日・10月7日)
大石降り六里ヶ浜潰れ分去茶屋焼く。 『浅間山』
明治
2年
1869 5月〜 浅間山鳴動につき鎮静祈願のため、9月19日(新暦10月23日)浅間神社にて、明治天皇の刺祭が執行される。
明治
33年
1900 1月22日 東京方面、関東一円にも灰を降らす。
明治
44年
1911 5月8日 近来にない大音響。東京、長野、甲府まで聞こえる。
大正
9年
1920 12月14日 12月に9回の噴火。峰の茶屋の家は噴石のため焼失。噴石は大きなもので直径15cm。
昭和
5年
1930 8月10日 6月11日〜9月12日まで22回の小噴火。登山者6名死亡。
昭和
10年
1935 4月20日 上下に激震、小鳥はばたき軽井沢に小石雨の如く降る。6〜11月、毎月数回噴火。
昭和
29年
1954 1月12日〜9月6日 噴火活動続く。火映現象はっきり。4,500mの高さまで煙が達する。6月24日関東南部に降灰。
昭和
33年
1958   10月〜12月活発に噴火。11月10日爆発、爆発音の可聴域大、多量の噴石、火砕流、降灰。空振による山麓のガラス・戸障子の被害広範囲、爆発地震の震度?(追分)
昭和
48年
1973 2月1日〜5月24日 中程度の噴火続く。2月1日空振により山麓のガラス戸破損。小規模な火砕流が3回発生。写真掲載あり
昭和
58年
1983 4月 爆発音域大、火口上に電光と火柱、山腹(南斜面)で山火事発生、長野県・関東地方北部・福島県の太平洋岸まで降灰。
平成
16年
2004 9月〜12月 中規模噴火が4回。21年ぶりの爆発、降灰による農作物被害。写真掲載あり
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